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2009年12月30日

待てる奴は偉い

スピード社会と言われて久しいですが
それと同じくして人が待てなくなってきているような気がします。

お店での空席待ちはともかく、何かを始めても
すぐに答えが出なければやめてしまう。
部下の成長においても成長の兆しが見えなければ
もう教えたりしない。
どんどん答えを急ぐ傾向になってきたように思います。

と書いている私が何より待てない性格なのですが、
「これは待つ」と決めるとそのことだけは待てるように訓練してきました。
でもなかなか待つというのは体力と精神力の両面必要ですので
並大抵の苦労じゃないですよね。
だから周りにいる人で待てる人を見ると実に立派だなって感じています。

単に考えず時間をやり過ごすのと待つというものは大きく異なります。
待つというのは傍観するのではなく、折りにつけ相手に触れ、
必要以上に請求しないということなのだと思います。

2009年12月27日

謝る勇気

人は必ず失敗をする生き物です。
だからと言って失敗を怖れると何も創みだすことはできません。
大切なのは失敗に気づいた時、いつも素直に謝ることです。

兎角年令を積み重ねると更には人の上に立ったりするとその謝ることが
できなくなってきます。

しかし、謝ることは決してその人の価値を下げることではなく
謝れないことがその人の価値を下げるのも事実です。

そうは言ってもひと歳とると謝ることに勇気が必要にもなってきます。

もしかすると人の若さいや器は謝れることなのかもしれません。

口先だけではなく真摯に謝罪が言える人でありたいものです。

2009年12月24日

根性を入れる

根性とは、本来は仏教用語の機根に由来する言葉。
本来は「その人間が持って生まれた性質」であり、
より深くは衆生が仏の教えを受け入れられる能力や
器の浅深のことと言われる。

現在のような、とことん努力をするというような使い方は
本当は誤用のようです。

これが現在のような意味合いに変化(誤用)されるようになったのは、
東京オリンピック(1964年)の女子バレーボール日本代表チーム
(いわゆる『東洋の魔女』)に特訓を課し、金メダルに導いた指導者
大松博文の発言がきっかけと言われています。

この事実は少々以外でしたが
根性を入れろ!という意味での根性はまだ45歳ということになりますね。

根性と言えば何らや体育会系用語に感じますが
私は以外にこの言葉が好きです。
私は根性を次のような意味に捉えています。
根性=根本的な性質=人として一番大切なことを追求する。
根性とは諦めない、全力で取り組む、それらはすべて
人として最も大切なことを追求することなのだと思います。

根性入れてがんばりましょう!!

2009年12月21日

なりたい自分があるか

日々働いている中で、上司から叱責されることもあるでしょう。
お客様からクレームを言われることも、自分でミスったなって思う瞬間も
たくさんあるでしょう。
その瞬間は、これからは同じミスをしないようにしよう、
上司から言われないようにしよう。と考えますが、
次の瞬間にはもうそのことは過去の話しになっている。

そんなことはありませんか。

失敗をあまりくよくよ悩み続けるのは得策ではありませんが、
自分の過失をすぐに許してしまうのはいかがなものでしょうか。

でも中にはどんなに周りから言われても、
同じ事を言われても改善できない人もいます。

そんな人はきっとそのことへの重要感がないのでしょう。
またはその先に自分がどうなっていきたいか、どう成長したいか、
なりたい自分が全くと言って良い程無いのだと思います。

あなたはなりたい自分があるでしょうか。

なりたい自分を持ち続けることは、年を重ねると
なかなか難しいことかもしれません。
40歳を超えると、将来の自分が見え始め、
極端に人は努力をしなくなります。
しかし、人の寿命を知るものはいません。

だからこそ常になりたい自分を持つ努力は続けるべきです。

なりたい自分を持つ事は豊かに生きる最低限の要素なのかもしれません。

2009年12月18日

スタートに明日は無い

何か新しいことに気づき「よーしやろう」と思いを持つが
大半の人は明日からやろうと考えます。

そう考える人は往々にしてその気づきを行動に移しません。
やる奴はいつの世も今からやり始めます。

ずっと行動が起こせない人は、
常に明日からと考える人だと言えます。

明日からと考える時点で、そこにさまざまな思考を巡らせます。
やるための方法や、行動を起こす際に何が必要か考えます。
いや、行動を超す際に障害が何か、やった後は何が手に入るかなど
多くの打算を計算します。

そう考えると結局この世には、やるべき理由等ほとんどないのが
事実なのです。だから結局は行動を起こせない。

そして結局自己成長を止め、何も得られなくなるのです。

スタートに明日はありません。

常にスタートは今、その瞬間なのです。

2009年12月15日

不遇の受け止め方

不遇はナイフのようなものだ
ナイフの刃をつかむと手を切るが、把手をつかめば役に立つ
メルヴィル

私はこのメルヴィルの言葉がとても好きです。

人生いかなるチャンスもその捉え方と対処の方法によって
不幸にも幸福にも変化していきます。

ピンチはチャンス。
ただ、ピンチの際に刃を掴まないようにするためには
どうすればいいのかということになります。

その答えはただひとつ。
慎重にかつ前向きになること。
決して諦めないこととも言えます。

きっと不遇のナイフは、
諦めた時、その握っているものが握り手から刃に変化して
しまうのでしょう。

2009年12月12日

肥満とキャリア

アメリカでは、1億2700万人が標準体重を超え、6000万人が肥満、
900万人が極度の肥満であると推定されているそうです。

人口の3割が肥満に悩んでいる、飽食の国アメリアですが、
ビジネスにおいて肥満は出世に関係するのか。
良く言われる通説ですが、実際にビジネスエリートに肥満がいないことを
考えるとやはり大きく影響するようです。

要は自己管理。
自己管理ができるか否かが問われるビジネスフィールドにおいて、
肥満は自己管理ができない象徴と捉えられます。

これは肥満に限らず、遅刻、暴飲暴食、身だしなみ。
すべて自己管理のレベルを測るものさしと言えます。

ドラマの中の職人さんには、自堕落な生活の中で天才的な能力を
発揮する人物像を良く描かれていますが、
なかなかそんな人に出会いません。

やはり良い仕事をするためには、
最低の自己管理が不可欠なのでしょう。

2009年12月09日

出世は生まれた環境か今の環境か

「人間、出世するは血統か環境か」
とケンカをした商品先物会社を経営するデューク兄弟が、
社内で指折りのエリートのウィンソープと、
ホームレスのバレンタインの立場をすり替えて
どういった結果になるかと、1ドルで賭ける事にした。

ウィンソープはデューク兄弟の手回しで会社をクビになり、
婚約者に見捨てられ帰る家も失い、
娼婦のオフェーリアの家に転がり込む。
一方バレンタインは拘置所に入っていた所を
デューク兄弟に保釈金を払ってもらい、
デューク兄弟の会社に入社してウィンソープの後釜に就いた。

ウィンソープは全てを失って酒におぼれ、
バレンタインは独特の相場観で会社で活躍していく
有名な映画です。

今時血統というものでの出世はあまりケースを見なくなりました。
この血統と環境を現代として考えるなら
成人までの環境と働きだしての環境に分けられると思います。
つまり成人までの価値観により出世するのか、
与えられた環境によって出世するのかの違いだと思います。

この答えは、間違いなく今の環境によってその成長、
その出世は決まってくると思います。

成人までに大方の人は価値観が形成され、
その価値観によって仕事を選択します。
しかし、成長は成人までの環境よりも今の環境の方が
圧倒的にその成長を決めていくものです。

だからこそ今までの環境に悔いたり、愚痴を言う時間があれば
今を生きる、今の環境を変えていくしかないのではと感じます。

2009年12月06日

覆水盆に返らず

覆水盆に返らず。
一度こぼれた水は二度と鉢に戻らない。
一度壊れた関係は二度と修復できない。
誰もが知っていることわざです。

物理的にこぼれた水は器には返りませんが、
人間関係は修復は幾らでもできる、
そんな甘えが人にはあるものです。

しかし、物理的な現象はもう一度水を入れ直すなどの行為が
幾らでもできますが、人間関係は根底から壊れると
二度と修復できないものです。

それに気づかず、人は水を少しづつこぼしています。
大切な水がこぼれていたり、漏れているのに気づかない、
そしてどんどん器を乾かし最後に枯れてしまう。

私たちは身近であればあるほど、水がこぼれないように
気を配っていかなくてはならないと思います。

ただ、気づかないうちに水をこぼしてしまった場合はどうするか?
それは一度その場から離れてみる。
そして時間をかけ、少しづつ水を入れて行く。

濡れた場所では風邪を惹きます。
一度距離をおいてから少しづつ修復をする。
離れてみてお互いがわかることもありますからね。

2009年12月03日

経験が感じ方を変える

ぬるま湯からは熱く感じ、熱い湯からは冷たく感じる

小学生のころ理科の解説をした書籍に、
二人の人が同じ風呂に入った時
一人は「熱い」といって風呂を飛び出す
もう一人は「ぬるい」といって身体を縮こまらせる
という内容の漫画がありました。

要はそれまでいた環境によって同じ温度の風呂でも
感じ方は違うということです。

この現象は通常の生活においても頻繁に経験することだと思います。
転職等は然りのことで、以前働いていた環境によって
転職先の感じ方は大きくことなってしまいます。
これは個人の価値観とはまた別な環境適応という視点からの
誤差なのです。

そのために転職の際は、兎角今までの環境と、
次の環境がどう異なるかなど事前に知っておくことが
とても重要と言えます。

また通常の業務においても部署間によって感じ方は当然違ってきます。
ノルマ性が低い部署からノルマ性が高い部署へ移動となった場合、
とても精神的にストレスを感じるはずです。
逆の場合は、とても気楽に感じるかもしれません。